◆なんてことのない短編集 -3- ◆

12/24 - 3/26


オート・ロック



「・・・うん、風邪。」

「なんだ、風邪かぁ。じゃぁまた遊びにくるね。」

「明日は学校来れる?」

「・・・うん・・・わからない・・・。」

「・・・・・。」

「ありがと。」


 僕が宅配のピザを届けに来たこのマンションは、オートロック式のため、 入り口にあるインターホンを使ってその旨を伝え、ロックを解除してもらわなければ ならない。 しかしこの時、2人の中学生がそのインターホンの前を陣取り、かれこれ5分ほど 恐らく彼女らの同級生であろう相手と話をしていた。
 僕はその会話を聞くともなしに伝票をチェックするふりをしたり、エンジンをかけたまま にしてあるバイクの方を気にしたりするふりをしながら、冷め始めたピザにクレーム がつかないかそわそわしていた。

「・・・みんな待ってるよ。早く治してね。」

「じゃあね、バイバイ」

「バイバイ」


 ようやく2人の中学生がインターホンの前を離れたので、僕は急いで

「502」

と入力して、「呼出」と書いてあるボタンを押した。

すると間髪入れず、

「なぁに?」

と、子供の声で返事が返ってきた。

「○○○ピザです。ご注文のピザをお届けに参りました。」

「あっ、ごめんなさい。」という言葉と重なって 「ウィーン・・・」というモーター音がした。 「カタッ」という、何ともあっけない開錠音を聴き、大急ぎで エレベーターへと向かった。


(・・・もしかしたらさっきの子だろうか)

 音も無く滑らかに5階のフロアに着いた僕は、エレベーター の扉が開くと同時に走り出したのだが、すぐに間違いに気 付き、勢いあまってピザを落としそうになった。「502号室」はエレベータ ーの目の前だったのだ。
 一呼吸おいて玄関脇のチャイムを押す。 「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」 一回押して三回鳴るタイプだ。少し気がひける。 扉のちょうど目の高さくらいのところに10cm四方の 磨りガラスの小窓があり、そこから「パッ」と黄色い光が 灯るのが分かる。

出てきたのは12、3歳の女の子だった。

「すみません、お待たせしました。えっ・・・と、ご注文は、シーフード・ スペシャルのMとかりかり野菜の和風サラダ、 それと・・・烏龍茶でよろしかったですか。」

「・・・・・・。」

 無言で五千円札が差し出される。 こういう事には慣れている。 僕は間を空けずに、
「えっ・・と、合計で3,219円になります。1,781円のお返しですね」

 釣り銭を数えながら、もう一度五千円札を持った青白い手を見る。 異様に細い手首は、袖に隠れるあたりから・・・引っ掻いたのだろうか、赤く腫れている。

「はい、どうぞ」
「あと、こちらサービス・クーポン券となっておりまして、次回ご利用の時にお使いいただければ15%OFFとさせていただきます。是非、ご利用ください。」

「・・・・・・。」

 手を放しただけの扉は音も無く、まるで自動的に閉じたかのようだった。


「・・・ごめんね」

 エレベーターを降りると、人の話し声がした。 それはさっき帰ったはずの中学生二人組だった。

「・・・うん、今からご飯だから。」

「風邪の時は栄養いっぱいとらなきゃいけないんだって。」

「大丈夫。お母さんがおいしそうなのいっぱい作ってくれ たから・・・」

 2人は顔を見合わせ、微笑んだ。 僕は何故か聞き耳をたてるようにその後ろをゆっくりと通 り過ぎる。

「あとね・・・」

 これ以上この場にいるのは不自然だし、そんな自分に嫌 悪感を抱いて、途中からさっさと歩き始めた。

 エンジンをかけっぱなししていたバイクの前まで戻り、つい 気になって振り返ると、ガラスの扉の向こうのオートロック が開き、「あの子」が立っていた。

声は聞こえないが、泣いているようだ。

僕はキーを捻ってエンジンを止めた。

二人の友達が駆け寄る。

 不意に僕の後ろから大きな荷物を持った宅配業者が 駆け足で通り過ぎ、入り口へと向かって行った。 彼は彼女らに目もくれずインターホンを押し、そして マンションの奥へと消えていった。

僕は再びキーを捻って今度はエンジンをかけた。

この扉は開けられないのだ。
そう直感した。

 「おいしそうなの」を届けた僕は、今日の晩ご飯はピザ以 外の何にしようかと考える、ただのピザ配達人なのだ。そう 言い聞かせながら、この場に存在するのかしないのか定か でない自分から、まるで逃げ出すようにバイクを急発進さ せたのだった。

(終)